VOL17 田中ウルヴェ京

<インタビュアー:山本 剛>

プロフィール
聖心女子学院高等科を経て、日本大学在学中の1988年にソウルオリンピックシンクロ・デュエットで銅メダル獲得。その後、日本、アメリカ、フランス代表チームコーチを歴任、7年間の米国大学院留学でスポーツ心理学、キャリア教育、ストレスマネジメントを学ぶ。
現在(株)MJコンテスにて、Jリーグや女子プロゴルフなどのプロスポーツ選手から広く、一般 までメンタルトレーニングやキャリアプランニングを指導、企業研修、講演は年間に200を数える。
MJコンテスHP www.mjcomtesse.com
自身のブログ http://ameblo.jp/miyako-land/
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「現役時代」

私は現役時代、情熱とは、「メラメラ燃えた赤い炎を体の全面から発するもの」ようなものだと考えていました。オリンピックでメダルを取るという同じ目標を抱えたライバル達に勝つためには、情熱を全面に出し(頑張っていることをアピールする)、シンクロに人生の全てをかけて努力をする必要がありました。目標に向かってガムシャラに頑張ることこそが私にとっての情熱だったのです。大会で良い結果が出れば、マスコミは取り上げてくれ、結果が出なければ全くと言っていい程相手にしてくれません。嬉しさと空しさの両方を経験しました。
当時、私は負けず嫌いな性格から、いつも自分と他人を比較していました。勝負の世界だから当たり前ですが、ライバルの結果や評価を意識するあまり自分を見失いそうになったこともあります。

「とにかく失敗すること」

そもそもスポーツでは失敗経験が多くなければ成功できません。多くの失敗こそが、成功へ近づくステップなのです。その意味で、私はいつも失敗をしていました。失敗を繰り返すことにより自分の能力不足、バカバカしさに気づきます。「なんでこんなこともできないんだ...」と。そして、その度に自分を見つめ直すように努めてきました。できなかった時の自分が悔しいから、必死でトレーニングをするんです。そもそも人はハードルが高くないと失敗できないのだと思います。ハードルが低ければ、簡単に越えことはできます。私はそれは嫌だった。常に世界の頂点を目指すような人間になりたいと思っていたから。
ほんと負けず嫌いでしたよ。(笑)

「情熱とは青い炎を出すことである」

引退後も選手の時と同じ情熱を持っていなくてはいけないと思っていました。選手時代はメダルを取るという明確な目標があったのですが、引退後は明確な目標がなくなり、情熱を失いかけていました。また、今までは外を歩いていると、「田中さんですよね?今度のオリンピック頑張ってださい!」、「握手して下さい」などと声をかけていただくことがあったのですが、引退して時間が経つにつれ、次第に声をかけてくれる人の数が減っていきました。その時、私はシンクロがなかったら何もないのだと思い、人生のどん底に突き落とされた感覚に陥りました。なにもかも嫌になったそんな時に、アメリカの大学院でお世話になったスポーツ心理学の教授が様々な言葉で私を支えてくれました。「ミヤコ。そんなに一人で頑張りすぎなくてもいいんだよ」と。「頑張る」という言葉の善し悪しを考えられるようになり、その時の支えが私を救ってくれました。それまでは他人の目を気にして生活してきました。しかし、この時の色々な出来事を境に「なんだ、自分は自分。他
人と比較する必要なんかないよ。」というスタンスで物事を考えられるようになり、気持ちが急に楽になりました。
自分でこれだと思ったことに対して、他人がどう言おうと自分の意見をつらぬくこと、私は今こんなことを頑張っているのだと他人にアピールする(赤い炎を出す)のではなく、自分自身の内に秘めた目標に向かって淡々と努力していくべき(クールに燃える青い炎を出す)だと気がつきました。本当に努力をしていればそれを他人にアピールする必要はありません。

「Welcome to 崖」

情熱の見つけ方は、1に失敗2に失敗、とにかく失敗をすること。失敗をして、どん底を見る。どん底を体験もする。楽しいこと、嬉しいことは必ず、辛いこと、苦しいことの後にくるものだと思います。だから、今の私は、本当はそりゃイヤだけど、崖からつき落とされたりするのは大歓迎だと「一生懸命思うように」しています。「おっしゃー!」って崖を登っていく時にやりがいを感じるのですから。Welcome to 崖です!!(笑)