「"情熱"という言葉が実はあまり好きではないんです。」
2007年3月、"情熱経営フェスタ2007"のキックオフ・ミーティングの
スピーチで私はひとつの思いをカミングアウトした。
部署の責任者の立場としては、思い切った発言であった。
そのときの話はこうである。
「"情熱"という言葉は、どうしても太陽や火のように目立つ存在のエネルギーだけがクローズアップされ、あたかもその目立つ存在が全てのような印象になりませんか?」という主旨のものであった。
人には様々な表現方法があり、話をするのが上手い人、文章を書くのが上手い人、態度で表現するのが上手い人、また話をするのが上手い人の中でも、1対1が得意な人、1対多数が得意な人、熱く語る人、冷静に話す人など様々である。
でも本当に気を配らねばならないのは、表現そのものが不得意な人も世の中にはいるということである。
例えば会議の場で「何か意見はありませんか?」と聞いたとする。でも思いはあるのだが、表現することができない人は案外多い。普段の仕事の中では職業柄それも困るので、克服するためのトレーニングを課すことになるのだが、"情熱経営フェスタ"のような大掛かりなプロジェクトでは、多くの人が関わり、その役割も様々なので、中には表現しなくとも済む役割も存在する。
(全く表現しないのも困りますが......。)
"情熱経営フェスタ"は、世の中にある全ての存在に光があたるようなものにしたい!と思っていた私には、この"情熱"という言葉があまりにも熱すぎて、その輪の中に入り込めない人もいるのではないか?......と。
スピーチのあと、いろんな人が共感してくれて、
「よく言っていただきました。」とか、
「そうだ!そうだ!」との声もいただきました。
「でも象徴はいるんじゃない?そうでないと行き先を見失うじゃない?」
その言葉に我に帰った私はこう考えた。確かにそうだ"情熱"という太陽の存在を象徴にして、"チーム情熱フェスタ"の名の下にメンバーがまとまればいいのです。(かなり素直な性格です。)
そのような思いで、情熱(特に熱)という文字をじっと見ていると不思議な事に気づきました。この文字の中には土もあるし、土と土を結ぶ連結機もあるし、
4本の足も大地をとらえているし、何しろ世の中を包み込むための丸という文字もある。
つまりいろんな人の思いを包み込んだ象徴が"情熱"という言葉ではないか?と。
(さすがに昔の人はうまく文字を作ったものです。)
今年もまた"情熱経営フェスタ"はパシフィコ横浜で5,000人の人々、いやその場にいる人だけではなく影響を受けた人々を合わせると何万人という人の思いが結集する一大イベントになることでしょう。
そして全ての存在が"チーム情熱フェスタ"の一員として輪の中に入れるのです。特に内気な人、表現力が弱い人、自信を失っている人などで、この輪に入ることを躊躇している人がいるとすれば、"情熱"は熱い太陽のような人だけのためにあるのではなく世の中にある全ての存在のためにあるのです。
そして9月10日(木)は、自分だけが気づいている自分の役割に乾杯する日なのです。是非ともこれからの7ヶ月間この世の中の存在であることに感謝して生きてみませんか?"チーム情熱フェスタ"の一員となって。
(石黒)


























