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こんにちは!野球好きの新井です。
自分は毎回「野球」をテーマに情熱を語っていこうと思います。
(勝手に今日決めました。)

学童軟式野球チームの監督さん・コーチさんについてです。
ちなみに学童軟式野球とは、地域や小学校単位での活動してしている少年野球のことです。

硬球を使用するリトル・シニアの監督さん・コーチさんはそれを仕事とし収入を得ているヒトもいますし、ボランティア(無償)の方もいます。

軟球を使用する学童軟式野球においては、自分の知るかぎり100%ボランティアで指導・育成をしています。

愚息が所属するチームの監督さん・コーチさんの同様です。基本的に、土・日・祝日が練習日です。仕事やプライベートの用事の都合をつけて、子供たちを指導していただいています。

そればかりか、荒天の場合には練習時間前にグランド整備をしています。雪が降れば雪かきもしています。

その方たちが、いかに、 野球好き 子供好き でも続くでしょうか?
長い方は、20年以上指導者として活動しています。

「おカネ」で動いているわけではありません。
まさに情熱です。


子供たちに野球の楽しさを知って欲しい
子供たちに試合で勝つ楽しいさ、喜びを知って欲しい

という情熱が伝わってきます。

練習のみならず、試合中でも怒号・罵声が飛び交います。普段の練習から見ていない親御さんや周囲のヒトからすれば、パワーパラスメントに映るかもしれません。

キャッチボールすらろくにできない1年生から教え始め、4年生になれば試合ができるようにします。
子供一人一人の成長に合わせて、適切に指導する姿にはアタマがさがります。

彼ら(監督さん・コーチさん)が本気で指導・育成しているのです。子供たちも真剣に受け止めてします。子供たちからの信頼は厚く、野球を通して太い絆で結ばれて
います。

チームメンバー全員がずっと野球を続ける訳ではありませんが、8割くらいの子供は中学でも野球を続けます。中学の野球部であったり、シニアであったり準硬式チームであったりします。さらに、高校・大学・社会人と続ける者もいるでしょう。

「情熱」の指導をうけた子供たちは野球に対する情熱を受け継ぎます。


「情熱は伝わる!」
「情熱は継承される!」


と実感しました。


(拓)

【95号】「瞳の輝き」

2009年5月29日 09:50

皆さん、こんにちは。
皆さんは、

「どんな大人でありたいですか?」

と訊かれたら、何と答えますか?
私の場合、いろいろありますが、その一つに

「いつまでも目が輝いた人でありたい」

と思います。

新入社員が4月に入社してきましたが、やはり彼らの魅力はあの「キラキラとした輝く瞳」でしょう。

夢や希望を胸に抱き、不安や心配もあるが、一歩でも前に進もうというあの純粋無垢な瞳......。

瞳は全てを語っています。
子どものときは、出会うこと全てが初めてで、何にでも興味を持って、「みてみて~」とお母さんやお父さんに話かけていたでしょう。何かできるようになると、嬉しくて目がキラキラ輝いていましたね。

しかし、大人になり毎日満員電車に揺られ、社会の汚れた部分も知っていくと少しずつ変わってきます。

いつの間にか、昔のような瞳の輝きは失われていきます。
そのような中でも、いつまでも瞳が輝いている方っていますよね。

高齢の方でも、子どものように輝いた瞳をしている方......

何が違うのでしょう?

それは、何か目標に向かって進んでいるか、いないかの違いだと思います。

自分の夢や希望に向かって努力している人って、何歳になっても魅力的ですよね。

常に自分の現在の位置を確認しながら、夢や目標を軌道修正しながら一歩でも前に進んでいく。
自分のやりたいことや目標が見つからない人もたくさんいると思います。

でも、やりたいことや目標を見つけるためにも、昨日と同じ自分ではだめです。昨日よりも今日、今日よりも明日、明日より明後日......、1mmでもいいから1日前よりも前進するように努力する

目の前のことに全力を出しきり、やりきれば、今までとは必ず違う景色が見えてくるはずです。

ですから、今何も目標がないとしても諦めないでほしいです。
今の仕事がまだ面白くないと感じていても、やりきった後には違う感動を覚えるはずです。

だから、今苦しくてしょうがないと思っている新入社員の皆さん、どうか頑張って。

やりきった後のあの満足感を得て欲しいです。
そして、やりきった後に見えてくる、新しい目標に向かってどんどんと突き進んでください。

皆さんの強みは、恐れを知らないそのチャレンジ精神です。
今しか、そんなにがむしゃらには働けないです。

ぜひ、限界まで達して、新しい世界に出会ってください。
ファイトだ~~~!! 新入社員!!!


(あらい)

掃除は、どちらかと言えば自分の苦手とする作業だった。

あるとき、友人に「掃除は苦手とか得意とかそういうレベルのことではない、人としての基本だ」と言われたときは、そんな大げさに言わなくても......と思った。

その友人とはいろいろとやり取りがあり(ここでは割愛するが)、とにかくそのやりとりがきっかけで私は決意することとなった。


よし、本気で掃除をやったろうやないか!


今までは「作業」として割り切っていた掃除というものを、心を込めて、真剣にやってみることにした。

手始めに自分の部屋である。言うまでもないが、掃除は一度にやると結構疲れる。体力勝負である。でも今回は、自分との勝負(と言うか友人との勝負?)もかかっているので、中途半端に適当に済ませるわけにはいかなかった。


何事を行う際にもけっして「なに気なしに行わぬ」ことを心がける。いつも何事でも自分の好むことを行うときと同様に、気を込めておやりなさい。


挫けそうなときは、中村天風氏の上記の言葉を繰り返し読んだ。(この一文だけ読むと、一体どんな凄いことに挑戦しているのかという感じですが、普通に「掃除」です)

数日後......。私の中で変化が起きた!!

部屋の中にあるもの全てに対して、沸々と愛着が湧いてきたのだ。

例えばハサミを使った時は、「ハサミよ、あんたがいないと生活が不自由だよ。いつもありがとね」と微笑んで元のところに戻す、とこんな感じである(いちいちこんな台詞を言っている訳ではありません)。

モノに対してねぎらいの気持ちを持つようになると、ささいな出来事に対しても丁寧に接するようになっていった。それは、人に対してもである。掃除を続けることで、少しずつだが普段の自分の態度が変わって行った。


自分という人間は、毎日の何気ない動作の集合体である、ということをこのとき思い知った。


私は、掃除を適当に済ませるということを、"自分の意志で行なっている"ものだと思っていた。でも少しそれは違うようだ。掃除を適当にするから"適当な自分"が形成されるわけで、意志とかスタイルとかそんなワードで片付く話とはちょっと違うようなのだ。

私はいま、まさにその真実を体感中。

友人よ、ありがとう。悔しいけど、あなたの勝ちです。


(森下)

先日、散歩中に突然子供たちに呼び止められました。
なんでも自主製作映画を撮っているので、簡単なインタビューに応えてほしい、と。
先頭の子供がマイクを握り締め、後ろには重そうな撮影用の機材を
頑張って持っている子供たち。
一生懸命さが伝わってきます。
もちろん!と快諾したのですが、
そのインタビューの問い掛けが......、


「あなたにとって『愛』とは、なんですか?一言でどうぞ!」


ビックリしました。
その質問内容にというよりか、
10歳くらいの子供たちがそんな問い掛けをしてくることに、です。

その場での回答は、「素直であること、思いやること、分かり合うこと」と、
一言では答えが出てこなかったのですが、
ドギマギしつつ答えました。

どんな映画が出来上がったのかは、分からないのですが、
この問い掛けで思ったこと。

人それぞれが持っている「愛」の対象は同じではないし、
その質問をしてきた子供たちの年代にしても
それぞれの愛の対象を持っているはずだし、
それは千差万別である。
さらに、その愛の深さ・広さも多様である。
たとえば、その愛の方向性が深く且つ一方的なものになればなるほど、
危ういものに成りかねなかったりすることもある。

ただ、自分の中である事柄(自分・他人・仕事・物質的なもの)に対して
愛が生まれたとき、それは自分が行動する上で大きな原動力になるし、
情熱の源にもなる。

そういうことを考えていると、
いろんな人にインタビューしているこの自主製作映画、
案外面白くできているかも知れません。


あなたにとって「愛」とはなんですか?
それは、情熱の源になっていますか......?


(植田)

【92号】「強い意志」

2009年5月18日 15:19

先日、情熱経営フェスタ2009のゲスト講師である
"植松努氏"の講演に参加してきました。
(実は私、隠れファンなんです。講演を聴くのはこれで4回目)

植松さんの尊敬する面は数多くありますが、なかでも挙げるなら

時間が作れる限り、自分が世の中に発信したいメッセージ
 
↓ ↓ ↓
【未来を担う子供たちのために「どうせ無理......」を世の中から無くしたい】 

を伝えるために、どんな場所へも、何人の前でも、出向かれている事です。

想いがあってもそれを行動に移さなければ、それは単なる"夢物語"になってしまいます。

夢物語をする事だったら誰でも出来ます。
そして誰にも知られずに諦める事が出来るのでとても簡単です。
でも、世の中に足跡を残す人は1歩踏み出した人です。
1歩でも踏み出す事が出来れば、とたんに1人じゃなくなり仲間が出来ます。
仲間が出来ると、その分大きな成果が得られます。

行動に移せない人はまず条件を考えてしまうからだそうです。
○○が出来たら、○○が揃ったら、○月になったら・・・etc.

本当にやりたいという意志があるのだったら、あれこれ考えず、抑えきれずに前に進んでしまうものだと思います。

今回の講演で植松さんに教わった気がします。 

「まず行動に移さなきゃ」


(皆川)

映画レッドクリフには史実と違うところ、
絶対はずしてほしくない場面がすっぽり抜けているなど
三国志ファンの私にとってはジョン・ウー監督にモノ申したい部分が多くあります。

三国志に出てくる諸葛亮孔明は軍師と言われる軍の戦略を立てる役割です。
企業で言えば経営企画室もしくはコンサルタントです。
劉備は大将、すなわち社長です。

諸葛孔明は膨大な知識を元にロジックで戦略を展開します。
しかし劉備は「思い」「義」ありきです。
三国志好きなら誰もが知っているのが下記名場面です。

  • 諸葛孔明を自分の軍に入れる為に有名な三顧の礼 (軍の総大将である劉備が孔明宅を3回訪れしかも孔明が 昼寝をしていたら起きるまで数時間待った、礼と義を尽くした例)
  • レッドクリフの後敵軍の大将曹操は命からがら逃亡する。
    その先にも孔明の策略があり関羽という豪傑が待ち構えている。
    しかし関羽は過去に曹操から受けた恩がありとどめを指すことが
    出来ず故意に逃してしまう。孔明は関羽には曹操は討てないだろうと
    元からわかっていたのにその任を任せ実際逃した関羽にわざと激怒する。
    斬首刑を命じるがそれを大将の劉備が止める。孔明には劉備が止めることも
    わかっていた。何故そこまで厳しい事を将軍の関羽に言ったかと
    言うと将軍であっても軍規を破れば罰すられるという公平性を部下達に
    示し今後の緊張を引き締めたかったということ。そこまでを考える
    孔明に劉備は感服したという。
  • あまりの孔明の神がかり的な戦略に、同盟を結んでいた周喩は孔明を
    殺さないかぎり自分がトップの軍師になれないと考え孔明の暗殺を
    レッドクリフの最後に企てる。しかしそれさえ読んでいた孔明は
    知らぬうちに姿を消す。周喩は孔明への劣等感から病気になり
    最後は血を吐いて死ぬ。だから孔明が原因で死ぬというのが史実。
    しかし映画では友情が芽ばえ周喩がヒーローで描かれている。
  • 一番の部下であった関羽、張飛とは"生まれた日は違えど死ぬ日は同じ"と
    主従の契りではなく義兄弟の契りを結んだ。
  • 劉備の子供を守るため優秀な武将の趙雲が一騎で数万の敵軍の中を
    赤ちゃんを抱いたまま駆け抜けた。その後劉備が趙雲に言った言葉
    「跡継ぎは作ろうと思えばいつでも作れる。しかしお前のような優秀な
    部下は亡くしたら2度と得ることはできない。私の妻子の為にお前を
    危険な目に合わせてすまなかった」

こんなに素敵な場面がレッドクリフでは全て抜けている。
実写で見たかった......。
全てはジョン・ウー監督がトニーレオン演じる周喩ファンだから(らしい)。

情熱には「思い」と「義」が必須です。
レッドクリフでもそんな部分を描いてほしかったものです。
しかし三国志の戦場をあそこまで壮大に実写したのは初めて
見たので歴史に思い馳せる楽しさがあることには間違いありません。


(佐久間)