ブログ

なぜ、私達はもっと高い給料の会社へ行こうとしないのでしょう?
なぜ、売上になればなんでもやるというスタンスにならないのでしょう?
なぜ規則や管理をもっと厳しくしないのでしょう?
なぜ今の会社にいるとイライラしないのでしょう?
なぜ自由なのでしょう?


これは私が船井総研でよく思うことです。


船井総研より高い給料の会社はいくらでもあります。
広告、制作、システム、物販などなどコンサルティング以外の領域にも着手して稼ごうと思ったら出来る人が山ほどいます。


しかしやりません。やるなとも言われていません。
規則や管理も厳しくはありません。
しかし、規律を守らない、人への気遣いがない、数字を達成することへの意欲がない、お客様に対する誠意が足りないなどということはありません。


なぜでしょうか?


それは船井総研という会社に集まっている人間が、自律と自由のある世界の中で自分の人生の時間を使っていきたいと思っているからと私は思っています。
約600人ノウハウや個性は全く違えど、自律と自由が好きでそんな理想郷で働いていたいということへの情熱だけは共通している気がします。


人生の中で多くの時間を占める仕事の時間を自分らしく心地よく、そして成長を重ねて過ごしていきたいのです。


ノウハウや経歴で人を採用することも大事ですが、どんな人生、どんな時間を過ごしていきたいのかということの方が永続する企業価値という点で見ると大切なのだと思います。


(佐久間)

先日、和太鼓と日本舞踊をミックスさせてコンサートを見に行ってきました。

この集団の名前は、「バチホリック」 そう、名前の由来は「太鼓のバチ」+「中毒」の合成語。

「太鼓を担いでどこまでも~」という集団のキャッチコピーのとおり、彼らは太鼓のコンサートをするために、日本全国、最近は海外にまで太鼓を背負って遠征し、コンサートを実施している。

実は、彼らは私の大学の後輩で、なんでももともとは和太鼓や日本舞踊、祭好きが集って活動していたサークルが、卒業後も「やっていこう」ということでプロとして結成したらしい。
だから彼らはまだ若い、20代半ば過ぎくらい。
それゆえ、コンサートもエネルギッシュで自由な空気がみなぎっていた。
それは、コンサートの副題、「忘れかけたこの故郷(くに)の情熱(ネツ)」の通りだった。

キーワードはやっぱり情熱!
そして彼らの情熱は、舞台の外からも伝わってきた。
それは、コンサートの予約の返信メールを送ってくれた女性の名前と同じ女性が舞台で舞を踊っていたり、事務所に電話して転送された先で出た男性が太鼓叩いたり、入口でお客様対応をしていた。
後で聞いたら彼は組織の代表だった。

音楽の世界はきっと間違いなくヌルイ世界ではない。
そんな世界でやっていく彼らは、自ら企画し、自ら売り、自ら演じ、自らお客様を見送るという、全てのことを自分達でやっていかなければいけないのだ。

「好きだから」から始まり、情熱を持って全力投球で取り組んでいる彼らには、きっと大きな夢が見えているに違いない。

バチホリックHP ⇒ http://www.bati-holic.jp/

(中)

【37号】飛び火する情熱

2008年9月22日 13:29

仕事をしていると、実に多くの人と出会いますが、
なかでも情熱的な人に出会うと本当に多くを学び、
またエネルギーを頂けます。

一人で悶々と仕事を進めていると、集中するには良いのですが
どこかで迷いや閉塞感のようなものにぶち当たり、
だんだん自信を無くしていってしまうようなことがあります。

自分の人生はこれで正しいのだろうか。
もっと他の道があったのでは?と。

そんなとき、初心に帰るためにも人と会うというのは
効果があるように思います。
相手がどんな人であれ、やはり人は人から学ぶのだと思えます。

先日も同じ会社の先輩でありながら久しぶりに会う方がいました。
女性でコンサルタントをしていらっしゃる方です。
目はイキイキとし、
「お客様にこんなことをしてあげたい。
 こんな素晴らしいことを提案したい。」
と、うれしそうに語る彼女を見るにつけ、デザイナーである私は大いに共感し、
また、その想いを忘れかけていた自分に気付いたのです。

どうしても情熱が燃やせないときは、
情熱的な方に出会うよう自分を仕向けてみてください。
きっと素敵なパワーが頂けると思います。


(山田)

当ブログにて石田が、居酒屋てっぺんの例を引いて書いていた「元気はつくるもの」という言葉、私も大変共感します。

昨日は、アントレプレナーセンターという会社が主催する「ドリームプランプレゼンテーション」というイベントの、プレゼンター支援会へ参加してきました。

同社は社長の福島正伸さんという方が講師となって「究極のコンサルタント養成講座」という勉強会を開いているのですが、その参加者の方がたくさんいて、元気をもらいました。

さて、その「究極のコンサルタント養成講座」という会で教えているコンサルティング(正しくはメンタリングだそうですが)のユニークなところは、

"やる気にさせる力"

をつけること、だそうです。参加している皆さんも元気で、素晴らしい人間性の方ばかり。すごくいい気をもらいました。そして、そう考えると、やる気も元気も作るものなのだな、と気づかされました。

さて、そんな会の方の一人である、山崎さんという方が、まさに「元気をつくる」イベントをしようとしているようです。講師は、そう! あの居酒屋てっぺんの大嶋社長!

「夢を叶える笑顔のチカラ」
URL ⇒ http://egaomap.seesaa.net/article/104433979.html

すごい元気が出そうなイベントですね。

自分の元気、周りの元気は作るもの。肝に銘じようと思いました。


(橋本)


「居酒屋てっぺん」の朝礼に参加されたことはあるでしょうか?

「本気の朝礼」と言われるこの朝礼。腹の底から大声を出す。誰よりも先に、そして、元気よく手を挙げる。「スーパーハッピー!!」「ツイテル、ツイテル!!」と大声を出しながら手を振りかざす。一種異様な光景に映りますが、百聞は一見にしかず。いや、一体験は百見にしかず。一度、参加して体験されてみてください。

朝礼後は誰でも気分が高揚してきます。この朝礼を体験すると「心」と「体」が一体であることを実感できます。

元気がなくても大声を出したり体を動かすと元気が湧いてくる。楽しくなくても「ワハハ」と笑っているとだんだん楽しくなってくる。これは脳生理学的にも証明されていることです。元気な社風や自分のモチベーションを高く保ち続けていくために、この「心」と「体」の関係を上手に活用しない手はありません。

私の場合、朝目覚めたら、軽いジョギングをしたり、元気の出る音楽を聴いてから仕事に臨むようにしています。「今日は疲れているからジョギングやめておこう」という気になる時もあるのですが、そういう時こそ軽めのジョギングをすることで、不思議と疲れが和らぎ、元気が出てくるのです。

朝、どんな気持ちで仕事のスタートを切るかで、その日の生産性が大きく変わってきます。


「心」と「体」はつながっています。


気分が乗らない時こそ、オーバーアクションで元気な声を出してみる。

日頃から体を動かし、モチベーションをコントロールする習慣を持つ。

是非、お試しください。


(石田)

「じょうねつや」ではありません、「じょうねつか」と読みます。


書道家、登山家、柔道家・・・


○○家とつく方々は、その道を究めようという志を持ちながら、さらにその道を通じて、他の模範となるような人格が備わっていることが条件だと私は思っています。(明確な定義はないでしょうが、勝手にそう思っています・・・)


それでは、「情熱家」という人がいるとしたら、それはどのような人なのでしょうか?

「情熱家」があなたのすぐ隣にいるとしましょう。


きっとその「情熱家」は、夢や目標、思いの実現のために、目の前の今できることを力の限り取り組んでいることでしょう。


「情熱」は、目の前の事を一生懸命行う姿にこそ現れます。


そんな「情熱」に出会ったとき、人は応援したくなったり、自分も頑張ろう、と勇気や元気が沸いてきます。

「情熱」は、周りに良いエネルギーの循環を与えてくれるのです。


「情熱家」は、さらに自分だけでなく、周りの人の夢や思いを自分のことのように感じ、ときには励ましたり、ときには奮い立たせたり、あなたのことを心から支えてくれるでしょう。


これが「情熱家」の姿なのではないかと思います。

そういう意味では、目の前の事を一生懸命行い、周りの人の喜びを自分のことのように喜べる人は、みな「情熱家」の資格があるのではないでしょうか?

あなたの周りには「情熱家」はいますか?

もしいるのなら、あなたもすぐに「情熱家」になれるはずです。


もしいないのなら、あなた自身が「情熱家」になれば、周りのみなも「情熱家」になってくれるはずです。

(齊藤)

「あなたとは違うんです」

一躍、流行語となった首相辞任会見での言葉に、ふと考えさせられました。


感情を内に秘めていれば、「他人事」「客観的」と取られてしまいがちですが、
一国の首相という大役を担うには想像もつかない困難や試練が伴うでしょう。


自分の想いを、誰に伝えるか、伝えるならば誰にするか、どのように伝えるか、相手に伝わるか、それとも伝えないかは、その場その場で最適解があるのかもしれません。

だからこそ「空気を読む」や「KY」という言葉が流行ったのでしょうし、今回の言動も各メディアが取り上げたのだと思います。


最後まで一定のペースを守った福田さんからは、私は勝手に秘めたる情熱を感じます。


短い間でしたが、お疲れ様でした。


(大橋)

【32号】「情熱の芽」

2008年9月 5日 01:13

麒麟の田村裕の自叙伝『ホームレス中学生』を読みました。

読みやすさと度肝を抜かれる半生に驚いて、すぐ読み終えてしまいました。


壮絶な生活の根本に、田村さんが持っているお母さんへの強い思いを感じ、
そこが一番考えさせられました。

11年間という短い間だったからこそ、忘れられない甘い記憶が多くあるのだろうけれど
そのお母さんにあの世で会うまでに、褒めてもらえるよう、いっぱいお話が出来るようこれから頑張って生きていくという素直な気持ちが素晴らしい。

また、窮地に陥った時の田村さん兄弟を助けた周りの大人達の粋な計らいにも感服しました。

この本を読んで思ったこと。

『田村さんは、自殺を考えたとき、お母さんとの思い出、受けた愛情によって思いとどまり、
 それが生きる原動力ともなった。』

子育てにおいて、善悪の区別を教えるのは当然ですが、
それを踏まえたうえで、多めに甘く尽くしても良いのではないのか?と。

もしそれが生きる原動力の一つになるのだったら、親として惜しみなく与えてあげたい。

大人として、困っている子どもが育つ環境を整えてあげなければならない。


そして、今自分が熱中して仕事ができるのも、
自分の親が与えてくれた愛情によって生み出された情熱があるからではないか?、
そういう愛情や熱中できる環境がなければ、
きっと子どもの夢や物事への情熱も生まれ難い、と思うのです。


ついつい「仕事への情熱」を考える時、大人の問題だと考えてしまいますが、
これからの未来を担う子ども達にも目を向けることも必要ではないでしょうか?

(植田)


先日、ご縁で書道家の作品展に招待して頂いた。


書道の作品展というと先生や生徒の作品が一同に並び、書を楽しむのが一般的であるが、
この作品展は一味も二味も違っていた。


会場に温かい雰囲気が流れているのである。


中でも思わず笑みがこぼれてきたのは、「食育」をテーマとした子供達の作品であった。

「ごちそうさま」「げんきのもと」などカラフルな墨で思い思いのイラストで飾られた書は、私が持つ書道の"常識"を崩してくれた。


作品展を見終えた後に、先生・生徒・親御さんによる懇親会に出席した。

ここでさらに私の"常識"が崩されてしまった・・・


生徒による「養生訓」の暗唱や、食育をテーマとした講演会の開催など、一見「書」とは関係ないのでは?と思われるような取り組みが色々とされていたのである。

書道教室とは"書"を習うもの。

同じように、習い事はみな"そのもの"を習いに行く場であると思っていたのだが、この教室は書を通してその子供の人格形成に大きく関わっている事がその場に居てひしひしと伝わってきた。

それは子供達から先生に宛てた手紙にも現れていた。


この書家の方はいつも他者を喜ばせる事、サポートする事に惜しみなく自ら体を動かして活動をされている。


人生における一つ一つの出来事に情熱を注ぎ生きている素晴らしい書家である。


(まるみ)